常滑焼 前川製陶 賢山窯
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常滑焼のあゆみ

 常滑焼の歴史は、平安時代末期から900年にもおよぶ。 丘陵地の斜面を利用して窯が築かれ、常滑には数千基の古窯があるといわれている
瀬戸・信楽・越前・丹波・備前とならび日本六古窯のひとつとされ、中でも常滑は最も古く最大の規模である。


 平安時代は写経を納める経塚壺などの宗教用品が主に焼かれていたが、室町時代に入ると生活用雑器の壺や瓶が大半を占めるようになった。そして、海上輸送で太平洋岸、瀬戸内海沿岸、日本海沿岸にまで運ばれていた。平安、鎌倉、室町時代の古常滑には、壺や瓶の肩から胴にかけてエメラルドグリーンの自然釉が付いたものが多くみられる。これは、燃料に使った薪材が燃え上がり、その灰が焼成中の製品に付着し、生じたものである。


 古常滑窯は、やがて織田信長の禁窯令( 1574年、尾張領国中で瀬戸以外に窯を築くことを禁じた)によって壊滅的な打撃を受けた。徳川時代後半になって復興した常滑焼は陶業地が常滑の中心部に集結し、主に日用学器を生産した。なかでも、茶器や花器などの小細工物に名工といわれる人々が輩出し、白泥焼、火色焼、それに現在でも常滑を代表する朱泥焼を誕生させた。窯も、改良された大窯が開発され、さらには天保年間(1830〜1844)に、鯉江方救により連房式登窯(真焼窯)が完成し、量産体制ができあがった。


 明治以降は、土管、タイル、衛生陶器、植木鉢などの生産が多くなったが、他の陶業地には見られない緻密で風格のある手造り急須をはじめ、花びんや壷など工芸品も数多く造られている。近年では食器、生活雑貨などあらゆる陶器が生産されている。





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